日本法哲学会では、2008年に刊行された法哲学年報より、会員からの投稿による書評「論争する法哲学」を掲載することとしました。

ご参考までに、担当理事で把握している著作リストを掲載いたします。なお、網羅的なものではありません。会員各位でお気づきの著作がございましたら、事務局<secretariat☆houtetsugaku.org>までお知らせ下さい(メイルアドレスの「☆」は適切な記号に置き換えてください)。

・ 竹下賢『法秩序の効力根拠』(成文堂、2016年10月)
・ 初宿正典『カール・シュミットと五人のユダヤ人法学者』(成文堂、2016年10月)
・ 南利明『ナチズムは夢か――ヨーロッパ近代の物語り』(勁草書房、2016年10月)
・ 亀本洋『ドゥオーキン「資源の平等」を真剣に読む』(成文堂、2016年11月)
・ 松岡伸樹『審級大意』(六甲出版販売、2016年11月)
・ 桂木隆夫『公共哲学とは何だろう〔増補版〕――民主主義と市場の新しい見方』(勁草書房、2016年12月)
・ 松尾陽(編)『アーキテクチャと法――法学のアーキテクチャルな展開?』(弘文堂、2017年2月)
・ 井上達夫『自由の秩序――リベラリズムの法哲学講義』 (岩波現代文庫、2017年3月)
・ 福原明雄『リバタリアニズムを問い直す――右派/左派対立の先へ』(ナカニシヤ出版、2017年4月)
・ 徳永賢治『南島法と多元的法体制』(成文堂、2017年3月)
・ 三代川邦夫『被害者の危険の引受けと個人の自律』(立教大学出版会、2017年3月)
・ 大屋雄裕・安藤馨『法哲学と法哲学の対話』(有斐閣、2017年4月)
・ 井上彰『正義・平等・責任――平等主義的正義論の新たなる展開』(岩波書店、2017年6月)
・ 堅田剛『法の哲学――ヘーゲルとその時代』(御茶の水書房、2017年6月)
・ 西村清貴『近代ドイツの法と国制』(成文堂、2017年8月)
・ 瀧川裕英『国家の哲学――政治的責務から地球共和国へ』(東京大学出版会、2017年8月)
・ 若松良樹(編)『功利主義の逆襲』(ナカニシヤ出版、2017年8月)
・ 小幡清剛『丸山眞男と清水幾太郎――自然・作為・逆説の政治哲学』(萌書房、2017年8月)
・ 濱真一郎『バーリンとロマン主義』(成文堂、2017年9月)
・ 大塚滋『憲法改正限界論のイデオロギー性』(成文堂、20179月)
・ 谷口洋幸・綾部六郎・池田弘乃(編)『セクシュアリティと法』(法律文化社、2017年10月)
・ 森田明彦『世界人権論序説――多文化社会における人権の根拠について』(藤原書店、2017年10月)
・ 福田雅樹・林秀弥・成原慧(編)『AIがつなげる社会』(弘文堂、2017年11月)
・ 笹倉秀夫『法への根源的視座』(北大路書房、2017年11月)
・ 笹倉秀夫『思想への根源的視座』(北大路書房、2017年11月)
・ 大屋雄裕『裁判の原点』(河出書房新社、20181月)
・ 戒能通弘(編)『法の支配のヒストリー』(ナカニシヤ出版、2018年2月)

* 他誌で書評予定のもの
・ 小林公『ウイリアム・オッカム研究――政治思想と神学思想』(勁草書房、2015年10月)
・ 高橋広次『アリストテレスの法思想――その根底に在るもの』(成文堂、2016年2月)
・ 若松良樹『自由放任主義の乗り越え方――自由と合理性を問い直す』(勁草書房、2016年11月)

以下では、書評の対象作品ごとに、書評・著者による応答・再応答を整理しました。

成原慧  『表現の自由とアーキテクチャ:情報社会における自由と規制の再構成』(勁草書房2016)
大屋雄裕「間接化する権力と法」(法哲学年報2016掲載)
成原慧 「アーキテクチャ論の行方:大屋雄裕会員への応答」(法哲学年報2016掲載)
横濱竜也 『遵法責務論』(勁草書房2016)
那須耕介「統治者だけの国家とアイロニーのない遵法責務論」(法哲学年報2016掲載)
横濱竜也「遵法責務問題を問うべき根拠・再論:那須書評への応答」(法哲学年報2016掲載)
小泉良幸 『個人として尊重:「われら国民」のゆくえ』(勁草書房2016)
森村進 「もしドゥオーキンが日本の憲法学者になったら」(法哲学年報2016掲載)
小幡清剛 『障害者の〈生〉』(萌書房2016)
陶久利彦「障害者解放への途」(法哲学年報2016掲載)
小幡(小畑)清剛「陶久利彦教授への応答」(法哲学年報2016掲載)
田中成明 『現代裁判を考える:民事裁判のヴィジョンを索めて』(有斐閣2014)
高橋文彦「法哲学と「共通の了解事項」:田中成明『現代裁判を考える』」(法哲学年報2015掲載)
田中成明「不毛な対比構図(「法の哲学」対「法理の学」)を超えて:大屋雄裕会員と高橋文彦会員の書評への応答」(法哲学年報2016掲載)
大塚滋『説き語り 法実証主義』(成文堂2014)
高橋広次「改めて「法学」とはどういう学問か?:大塚滋『説き語り 法実証主義』」(法哲学年報2015掲載)
大塚滋 「純粋法学の理解に向けて:高橋広次会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
桂木隆夫 『慈悲と正直の公共哲学:日本における自生的秩序の形成』(慶應義塾大学出版会、2014)
濱真一郎「日本の自生的秩序の起源と現代への接合:桂木隆夫『慈悲と正直の公共哲学:日本における自生的秩序の形成』」(法哲学年報2015掲載)
桂木隆夫「濱真一郎会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
毛利康俊 『社会の音響学:ルーマン派システム理論から法現象を見る』(勁草書房2014)
青山治城「社会の法:毛利康俊『社会の音響学:ルーマン派システム理論から法現象を見る』を読む」(法哲学年報2015掲載)
毛利康俊「N・ルーマンのシステム論を法理論のために拡張するということ:青山治城会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
大屋雄裕 『自由か、さもなくば幸福か?:21世紀の〈あり得べき社会〉を問う』(筑摩書房2014)
松尾陽 「自由な社会を再生するための負担への覚悟:大屋雄裕『自由か、さもなくば幸福か?:21世紀の〈あり得べき社会〉を問う』」(法哲学年報2015掲載)
大屋雄裕「松尾陽会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
戒能通弘 『近代英米法思想の展開:ホッブズ=クック論争からリアリズム法学まで』(ミネルヴァ書房2013)
山岡龍一「王政の法と共和政の法」(法哲学年報2014掲載)
戒能通弘「近代英米「法」思想史研究の意義:山岡龍一会員への応答」(法哲学年報2015掲載)
岡嵜修  『レッセ・フェールとプラグマティズム法学:19世紀アメリカにおける法と社会』(成文堂、2013)
戒能通弘「近代アメリカ法思想の時代背景」(法哲学年報2014掲載)
岡嵜修 「戒能通弘会員へのお応え」(法哲学年報2015掲載)
木原淳  『境界と自由:カント理性法論における主権の成立と政治的なるもの』(成文堂、2012)
酒匂一郎「斬新なカント、法哲学か政治哲学か」(法哲学年報2013掲載)
木原淳 「酒匂一郎会員への応答」(法哲学年報2014掲載)
井上達夫 『世界正義論』(筑摩書房2012)
施光恒 「正義理念の力」(法哲学年報2013掲載)
井上達夫「世界正義とナショナリズム:施光恒会員への応答」(法哲学年報2014掲載)
森村進  『リバタリアンはこう考える』(信山社2013)
吉良貴之「リバタリアニズムにおける時間と人格」(法哲学年報2013掲載)
森村進 「還元主義的人格観とリバタリアニズム:吉良貴之会員への応答」(法哲学年報2014掲載)
伊藤泰  『ゲーム理論と法哲学』(成文堂2012)
若松良樹「最良のガイドブック」(法哲学年報2012掲載)
伊藤泰 「若松良樹会員への応答」(法哲学年報2013掲載)
田中成明 『現代法理学』(有斐閣2011)
大屋雄裕「一つの記念碑」(法哲学年報2012掲載)
田中成明「不毛な対比構図(「法の哲学」対「法理の学」)を超えて:大屋雄裕会員と高橋文彦会員の書評への応答」(法哲学年報2016掲載)
亀本洋  『法哲学』(成文堂2011)
毛利康俊「法哲学のセブンスコード」(法哲学年報2011掲載)
亀本洋 「放置主義―毛利康俊会員への応答」(法哲学年報2012掲載)
嶋津格  『問いとしての〈正しさ〉―法哲学の挑戦』(NTT出版2011)
高橋文彦「わからないことほど素朴に考えよう」(法哲学年報2011掲載)
嶋津格 「高橋文彦評へのリプライの試み」(法哲学年報2012掲載)
小林公  『法哲学』(木鐸社2009)
樺島博志「法・論理・計算」(法哲学年報2010掲載)
小林公 「人権と黄金律―樺島教授の批判に答えて」(法哲学年報2011掲載)
笹倉秀夫 『法思想史講義 上下』(東京大学出版会2007)
嶋津格 「発展史観と法思想史」(法哲学年報2009掲載)
笹倉秀夫「嶋津格会員の書評への応答」(法哲学年報2010掲載)
嶋津格 「笹倉応答へのコメント(replication)」( 千葉大学レポジトリ(1)
安藤馨  『統治と功利:功利主義リベラリズムの擁護』(勁草書房2007)
森村進 「功利主義政治理論の新しい出発点」(法哲学年報2009掲載)
安藤馨 「評者への応答」(法哲学年報2009掲載)
山田八千子『自由の法契約理論』(弘文堂2008)
鳥澤円 「「合理的信頼」を育む法」(法哲学年報2008掲載)
青井秀夫 『法理学概説』(有斐閣2007)
酒匂一郎(法哲学年報2007掲載)
中村直美 『パターナリズムの研究』(成文堂2007)
若松良樹(法哲学年報2007掲載)

(1) 嶋津格(編)千葉大学大学院人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書第242集『自由と拘束:社会と法の哲学のために』掲載(出典情報)。

3年前の理事長就任以来私はいくつかの場面で、法哲学内での「相互言及」を推奨する発言をしてきた。ただこれは若干かけ声倒れの感があり、具体策はあまり進んでいなかった。この度それを少しでも形にする方策として、ある理事からの提案に従い理事会で、法哲学年報の中に「論争する法哲学」というコーナーを設けることが決定された。これはある種の書評欄なのだが、それを論争の場として使おう、というアイデアである。私には大変うれしいことなので、若干個人的な思い入れを含めて説明させていただきたい。 (……) 「論争」はもちろん相互批判を中心とする。しかしこれは上記の「足の引っ張り合い」ではない。むしろ、批判される者とする者を、そして読者を、ともに一段高い普遍性のレベルへと導くものでなければならない。その場合の「普遍性のレベル」自体が、元々あるものではなく、知的活動を通して生成するものなのだと思う。そしてこれをうまく生成させてゆくには「高次の打算」も必要だ、というのがこの小文の趣旨である。(……)しかしもっとも重要なのは、言語的に表現されるこの種のリストを長くしてゆくことではなく、実際のパフォーマンスの中で洗練された論争のknow-howを身につけることである。それにはある種の繊細さが要求されており、われわれはこのような機会を通して、それを磨いてゆかねばならないのである。/「論争する法哲学」への投稿その他詳細については、本号の公募情報および日本法哲学会のホームページをご覧
いただければ幸いである。紙面での論争だけでは議論が不足したら、続きをインターネット上で継続する、といった方式もありうる。会員諸兄のアイデアをお寄せいただくとともに、積極的な参加・投稿を期待する次第である。

日本法哲学会理事長・嶋津格(当時)
「論争する法哲学:高次の打算のすすめ」(学会報18号、2008年9月)