2024年度 日本法哲学会奨励賞 (2023年期)

 日本法哲学会は、2024年度日本法哲学会奨励賞を以下の通り決定しました。授賞式は2024年度の学術大会・総会の際に行なわれました。

著書部門

郭舜
『国際法哲学の復権』
(弘文堂、202210月刊行)

学会奨励賞選定委員会の講評

本書は、法秩序のグローバルな再編成が進む現在の状況において、あらためて「国際法の正統性」を問い、法哲学における議論の蓄積を踏まえてその問いに答えるものである。そこでは法哲学の諸理論が吟味されるとともに国際法上の様々な論点が検討され、国際法の正統性という深遠な問いへの結論が導かれる。すなわち、国際法は法内在道徳の根底に見出される個人基底的な「自律の相互尊重」の原理によって正統化されるのであり、その帰結として、国家は互いの関係において国際法の命ずるところに従って行為する道徳的義務を負い、個人もまた主権国家体制の中で自らが現に割り当てられた国家を通じて行為するという一般的な義務を負うこととなる。
こうして生み出された「国際法正統化」論は、法哲学の古典的問題を再考することで、世界が抱える現在の課題に正面から向き合うものである。しかしそれゆえに、本書には論旨を一層明確化すべき部分や、現在の世界状況に応えるべくさらなる論拠が必要とされる部分も存在する。前者については、国際法の多元性・多層性や世界標準をめぐる争いなどを考慮した論じ方の工夫が求められる。後者については、地域紛争解決のための第三国等による軍事介入の是非や、いわゆる権威主義国家体制の拡大といった現実的な問いへの応答も求められる。これらについては今後の追究が期待される。
本書はH.L.A.ハート以降途絶えていた国際法の法哲学を復活させる試みであり、その法哲学的意義は極めて大きい。また、本研究の方向性は近年の法哲学界の世界的な研究動向を映し出すものであり、日本の法哲学界に対しても多大なインパクトを有するものである。以上の理由から、本書は学会奨励賞に値するものと評価された。

著書部門

清水潤
『アメリカ憲法のコモン・ロー的基層』
(日本評論社、20232月刊行)

学会奨励賞選定委員会の講評

本書は、1905年のLochner判決を頂点とするレッセ・フェール的な憲法理論が、いかにして可能となり、なぜ衰退したのかを、コモン・ロー思想の影響という観点から考察するものである。本書第1部は、Lochner判決に象徴される19世紀後期から20世紀初頭の「Lochner期」の法思想の前史として、コモン・ロー思想がいかに理解され展開してきたかを代表的な論者たちの記述に基づいて検討し、民族の慣習法であるコモン・ローを卓越した法とみなして立法府と制定法を疑う「歴史法学派」と著者が名付けた法思想が19世紀のアメリカにあったことを示す。そして第2部は、この歴史法学派の法思想がLochner判決をはじめとする合衆国最高裁判決や法律家の叙述に反映されていることを詳細に分析し、コモン・ロー上の自由と憲法上の自由が同視されていたことを示し、第3部はそのコモン・ローと憲法の蜜月を支えたLochner期の法理論がホームズやパウンドらの革新主義によって解体され、20世紀以降衰退の道をたどったこと、その後にコモン・ロー上の権利体系や原理に依拠しない現代型の法理論が登場したことを示している。
著者は本書において、合衆国憲法の特徴とされるデュー・プロセス条項もコモン・ロー思想を基礎にしていたこと、さらに、ホームズらの革新主義の法律家たちもコモン・ロー思想に依拠して契約自由の原理を批判し、社会経済立法の正当性を示そうとしていたと指摘し、17世紀イングランド以来のコモン・ロー思想がアメリカに継受され、合衆国憲法の思想的根拠を形成していることを圧倒的な文献資料の裏付けのもとに主張している。実証的な歴史研究および法思想史的な研究手法を適切に用いて、日本における通説的な合衆国憲法像にとらわれることなく詳細に分析した本書は、アメリカにおけるコモン・ローについての貴重な法思想史的研究である。
よって本書は、学会奨励賞に値すると判断する。

日本法哲学会奨励賞への推薦のお願い[2024年期] (2023年10月2024年9月分)

 日本法哲学会では、法哲学研究の発展を期し若手研究者の育成をはかるために学会奨励賞を設けています。

2025年度[2024年期]受賞候補作について、次の通り、日本法哲学会会員による推薦を受け付けますので、ご推薦いただきますようお願いいたします。自薦/他薦を問いません。(詳しくは日本法哲学会奨励賞規程をご参照ください。)

対象作品
2023年10月1日から 2024年9月30日までに公刊された法哲学に関する優れた著書または論文( 著書論文を問わず、単著に限ります。また、全体として10万字を超える論文は、著書として扱います。)
刊行時の著者年齢が著書45歳まで、論文35歳までのもの


推薦は、左にありますエントリーシートにより、日本法哲学会事務局の推薦受付用アドレス (prize@houtetsugaku.org) までお寄せください。
自薦の場合には、推薦に際し写しで結構ですから作品一部を添付願います。また、他薦の場合であっても、論文については、後日、日本法哲学会事務局から推薦者等に対して、作品1部の提出をお願いすることがあります。

上記の写しは、電子データ(ワープロ原稿など)がお手元にある場合には、それを送信いただいても結構です。ただし、公刊されたものと大幅に内容が変わっている場合には、公刊されたもの(著書、論文抜き刷り)またはそのハードコピーを郵送して下さい。
いずれの場合も、2025年度[2024年期]については2025年1月31日が締切となります。同日中に日本法哲学会事務局に到着するよう、お送りください。
選考結果の発表および受賞者の表彰は2025年度学術大会において行われます。

奨励賞選定委員会委員長 森村 進 
       同幹事 濱 真一郎