2019年度 日本法哲学会奨励賞 (2018年期)

 日本法哲学会は、2019年度日本法哲学会奨励賞を以下の通り決定し、2019年11月16日に、学術大会・総会が開催された立命館大学において、授賞式を行いました。

著書部門

西迫大祐
『感染症と法の社会史 病がつくる社会』
(新曜社、20188月刊行)

学会奨励賞選定委員会の講評

 西迫大祐会員の著書『感染症と法の社会史 病がつくる社会』は、18世紀・19世紀のフランス、特にパリにおける感染症予防と法や規則の問題に関する、社会史的な研究手法による独創的かつ意欲的な研究書である。本書は、「世界観としての感染症」という発想を手掛かりとして、当時の人々が知覚した感染症に関する現象を問題にする。それにより、医学と道徳的感情が混合しつつ感染症の社会的意味が形成され、その予防のための法や規則が成立してくる複雑なプロセスについて、歴史上の具体的な事象の検討を通して解明しようとする。そうした、本書の論旨は明確である。
 本書は、本論である各章の展開に先立ち、まずは序章において、古代ギリシアから18世紀にいたるまでの、感染症と予防に関する広範な視点を提示している。すなわち、感染症の原因に関する「ミアズマ」という考え方と、「感染」という考え方を取り上げ、両者の違いとイメージの連なりについて検討している。そのうえで、本論が展開され、1902年の公衆衛生法や1916年の結核に関する法にいたるまで、社会史的素材を粘り強く分析し考察することにより、一貫した論旨のもと、本書はまとめあげられている。
 しかし、欲を言えば、各章での分析や考察の際に折々に登場しているフーコーの理論に関して、独立した章もしくは「おわりに」において総括的な議論の提示があれば、「法の社会史」を通した「法哲学」の業績として、より説得的になったのではないかと思われた。
 とはいえ、本書は、感染症の予防という主題を通して、「命を救うものとしての衛生」と「統治としての衛生」という「衛生」の両義性を論点化するなど、社会・国家・法・統治・権力の総体を視野に入れた議論を展開している。その意味で、本書は、法哲学的問題関心と法社会史的な丹念な歴史分析が結びついた、オリジナリティのある優れた業績であるとみなすことができる。また、論旨、構成、展開、文章、いずれの点においても高い水準に達している。以上の理由から、本著書は学会奨励賞に値するものと評価された。

論文部門

論文部門
松田和樹
「同性婚か? あるいは婚姻制度廃止か?-正義と承認をめぐるアポリア-」
(『国家学会雑誌』第131巻5・6号、2018年6月刊行)

学会奨励賞選定委員会の講評

 本論文は、正義の基底性を重視するリベラルな立場からの法制度改革および意味秩序変革の構想の提示を目的としており、その意味で、法哲学的考察そのものである。即ち、ヘテロ・セクシズムの下で貶められてきた人々(同性愛者、複婚など)も自己固有の善き生の構想を追求/形成する存在であるという認識を示したうえで、そうした人々も自分たちの善き生の構想を支配的集団と対等な立場で追求/形成することが可能になるような法制度改革の構想を示している。結論として、異性間単婚制や諸々の単婚制擁護論を批判し、その一方で同性愛や複婚などを擁護したうえでさらに婚姻制度の廃止、差別禁止法の提案までをも導く、実に野心的かつ果敢な秀作である。リベラリズムの観点から、現在の一夫一婦制が財と承認の配分の不平等(異性間単婚カップルのみに有利である)をもたらしているという問題点を剔抉している点にも意義がある。しかもこれらの議論を、日本法の文脈で展開している点も好ましい。
 とはいえ、問題点もないわけではない。批判対象の理論の分析などにおいて、独自な論点の掘り下げという点では不十分なところがある。また、同性婚か婚姻制度廃止かという二項対立的な問題枠組は、各国で導入されているパートナーシップ制度の法的位置づけの意義を主要論点から外しかねないという難点も併せ持つ。欲を言うならば、筆者の構想により説得力をもたせるためには、「承認の政治」に関する政治哲学的な理論づけや、「承認の政治」を実現するための「法」とは何かという法概念論的な検討が求められよう。
 これらの問題点があるとはいえ、本論文の目的が、正義の基底性を重視する立場から様々な正義論を批判的に整理したうえで、筆者が擁護する立場からいかなる法制度改革および意味秩序改革が求められるのかを示すことであるとすれば、その目的は十分に果たされていると言える。文章に勢いがあり流麗で明快、かつ要所の引用も適切であり、ジェンダー問題に関する深い洞察が随所に現れている。ヘテロ・セクシズムの意味秩序の変革にまで目を向けている点など、筆者のリベラリズムの徹底とこの問題への並々ならぬ情熱が感じられる。日本の婚姻制度の変革に向けた、正義論からの力強い提言であると言っても過言ではない。以上の理由から、本論文は学会奨励賞に値するものと評価された。

日本法哲学会奨励賞への推薦のお願い[2020年期] (2019年10月2020年9月分)

 日本法哲学会では、法哲学研究の発展を期し若手研究者の育成をはかるために学会奨励賞を設けています。

2021年度[2020年期]受賞候補作について、次の通り、日本法哲学会会員による推薦を受け付けますので、ご推薦いただきますようお願いいたします。自薦/他薦を問いません。(詳しくは日本法哲学会奨励賞規程をご参照ください。)

対象作品
2019年10月1日から 2020年9月30日までに公刊された法哲学に関する優れた著書または論文(全体として10万字を超える論文は、著書として扱います。)
刊行時の著者年齢が著書45歳まで、論文35歳までのもの


推薦は、左にありますエントリーシートにより、日本法哲学会事務局の推薦受付用アドレス (prize@houtetsugaku.org) までお寄せください。
自薦の場合には、推薦に際し写しで結構ですから作品一部を添付願います。

上記の写しは、電子データ(ワープロ原稿など)がお手元にある場合には、それを送信いただいても結構です。ただし、公刊されたものと大幅に内容が変わっている場合には、公刊されたもの(著書、論文抜き刷り)またはそのハードコピーを郵送して下さい。
いずれの場合も、2021年度[2020年期]については2021年1月31日が締切となります。同日中に日本法哲学会事務局に到着するよう、お送りください。
選考結果の発表および受賞者の表彰は2021年度学術大会において行われます。

奨励賞選定委員会委員長 亀本 洋 
       同幹事 山田八千子