学会報第52号

(2025年9月1日発行)

4年間を振り返って

日本法哲学会理事長 中山竜一(大阪大学)

 
 この11月で理事長の務めを終えることとなりますので、この4年間の活動について書き残しておこうと考えて、この表題を選びましたが、亀本前々理事長、森村前理事長の退任の際とほぼ同じタイトルになってしまいました。何とぞお許しください。
 皆さんもご記憶のことと思いますが、私がこの仕事を仰せつかった2021年は、コロナ禍が未だ収束していない状況にありました。そのため、現事務局もさまざまな制約の中での船出となりました。「平時」であれば対面で自然に入ってくるような引き継ぎ事項も、そのほとんど全てをメールやZoomを介して確認せざるを得ず、そのために生じるボタンの掛け違いのせいで、思わぬ苦戦を強いられたことをよく覚えています。ですので、現事務局の最も重要な課題の一つは、感染拡大防止のための不自由な状態から、学会の新たな日常へと向けて、一歩ずつ運営のあり方を復帰させることでした。
 まず、学術大会について言えば、形式の異なる二度のオンライン開催を経た後、2022年度大会、統一テーマ「現代法実証主義」(於中央大学)で、ようやく3年ぶりの対面開催となりました。翌2023年度の創設75周年記念大会「法哲学の現在」(於同志社大学)では、感染防止を考慮しホテル宴会場での着座形式となりましたが、2019年度以来の懇親会を実施することができました。また、これと併せ、一時保育の補助も再開しました。そして、先回の2024年度大会、統一テーマ「AIと法」(於中京大学)では、その懇親会も、コロナ以前と同様に、立食形式で行えるようになりました。こうした道程を経て、今年度の学術大会、統一テーマ「移民難民問題と法哲学」は、早稲田大学を会場として、コロナ禍以前とほぼ同じ、制約のないやり方で開催される運びとなりました。
 コロナ禍によってもたらされたポジティブな変化もあります。以前の学会報(第48号)でも触れましたが、現在では理事会の開催も、あくまでも対面での参加を基本とした上で、もし技術的に可能であればハイブリッド開催を目指すようになっています。子育てや介護を抱えていても会議での議論に参加しやすくなったので、意味のある改善だったと考えています。また、2023年度大会から、学術大会でのレジュメの印刷配布を取りやめ、オンラインでのデータ配布に一本化しましたが、紙資源の節約に寄与することは言うまでもなく、会場校の準備負担も大きく軽減されることとなりました。また、これはコロナ禍と直接は関係しませんが、森村前理事長の時代に総会で決定された学会費の値上げのために、就学者の割引制度を含む規程の整備を行い、その運用を開始しました(次回の総会でもご報告しますが、皆さんのご理解とご協力のおかげで、学会財政は大幅に健全化しつつあります)。また、2022年には、日本法哲学会ハラスメント防止宣言が採択され、さらに2024年には、日本法哲学会ハラスメント防止委員会規程が承認されました。
 このように振り返ってみると、何もないようでいろいろなことがあった4年間でしたが、もちろん、以上に記したことが全てではありませんし、積み残した課題もあります。しかし、にもかかわらず、さまざまなところで若者の研究者離れが叫ばれるこの時代に、多くの若い皆さんが新たに日本法哲学会の会員となってくれているということについては、非常に心強く思っています。初めてこの欄を担当させていただいた学会報第45号に、次のように書いたことを思い出しました。「何年も昔から言われていることですが、研究者や、研究者を目指す方々が置かれた状況は、必ずしも良くなってはいません。若い方々について言えば、任期付きで採用された少なからぬ数の若手の方々が極めて不安定な研究環境へと追いやられ、苦境にあるということが大きな社会問題となっていますし、中堅やベテランでも、各種の時限付きプロジェクトや、認証をめぐる不毛な大学間競争に動員され、疲弊し、自ら志した本来の研究ができないといった方々がおられることをよく知っています。」
 こうした状況は、いまだ解消されてはいませんし、あるいはむしろ悪くなっているのかもしれません。前回も書きましたが、アメリカでは政府の介入が大学や研究所にとどまらず、博物館や美術館の展示内容にまで及び始めています。私は恩師や諸先輩方から、研究というものは本質的に自由で「面白い」ものであると学んできましたし、自分自身そう強く信じています。本学会は一昨年に75周年を迎えた歴史ある学会です。しかし、あくまでもボランタリー・アソシエーションであるほかない学会には、できることもあれば、できないこともあり、そのことの意味を痛切に考えさせられる4年間でもありました。若い皆さん、そして全ての会員の皆さんが、心から「面白い」と感じることのできる研究を、これからも気持ちよく、自由に続けられることを願い、この筆を擱きたいと思います。