学会報第34号

(2016年9月16日発行)

国体学の里見岸雄のことなど

日本法哲学会理事長 亀本洋(京都大学)

最近、学術出版社として名高い創文社が店をたたむという話を聞きました。さびしい限りです。学術出版不況にもかかわらず、この二、三年、どういうわけか、法哲学会会員の書いた良書が比較的多く出ています。よろこばしい限りです。
こういう本をだれか出してほしい、と前々から私が勝手に思っていた本が今年5月に出版されました。大野達司・森元拓・吉永圭『近代法思想史入門――日本と西洋の交わりから読む』(法律文化社)です。明治時代から敗戦直後までの日本の法思想の流れを、西洋の法制度・法思想との関係にも最小限触れつつ解説するものです。3部構成ですが、それぞれの部を一人の著者が担当しているので、分担執筆というより、単著を三つ合わせた感じです。思考の一貫性があり、読みやすい。大学1年生か2年生を読者として想定する教科書のようですが、水準はかなり高いと思います。密度も濃いので、15章編成になってはいますが、これを15回や30回の授業でやるのは骨が折れるでしょう。
教える側から言いますと、この教科書を使って近代日本法思想史のような科目をもつとすると、著者を除いて、普通の法哲学者にとっては、予習が大変なので相当な覚悟がいると思います。登場人物の思想について、万一、質問されたとき、その人の原典(日本語の著作)を読んでいないと正確に答えられないからです。だから、この本を書くのには、非常な努力と忍耐力がいったことはまちがいありません。
マニアックな点で一つ気になったことがあります。この場を借りてどうかとも思いますが、一つだけ言わせて下さい。前掲書218頁に「国体憲法学派の美濃部批判」という小見出しがあり、そのなかで、里見岸雄と蓑田胸喜が同じグループに分類されているのが気になりました。実際、言っていることが違うし、その本の他の部分では、言っていることが違うことも(よく読めば――ただし普通の学生には無理だと思う――)わかるようになっています。
主著ではありませんが、1時間以内に里見の思想がわかる本として、日本法理叢書第七輯『帝国憲法の国体的法理』(日本法理研究会、巖翠堂書店、昭和16年5月)があります。その29頁以下で、帝国憲法解釈の基準として、文献的解釈の基準、歴史的基準、理法という三つを挙げています。これだけとると、表面上は美濃部達吉の考えと似たようなものです。ですが、文献的解釈の基準というのが面白くて、歴代の天皇の言葉がそれです。明治憲法の文言解釈では、第1条の前に来るもの、すなわち告文、勅語、上諭(これら三者を合わせて「三誥」〔さんこう〕という)が非常に重視されます。法学教育を受けた日本の憲法学者は、ドイツの学説などに倣って、せいぜい上諭にしか法的効力を認めないから、「科学的でない」と里見は主張します。天皇が下賜した憲法だから、それはそうだ、ともいえます。日本国憲法も形式上は同じでしょうが。
里見の思考は、理屈が通っており、その内容は正確に理解できます。法哲学者からみても非常に面白い。本を素直に読む能力がない蓑田と一緒にするのはどうか、というのが私の違和感でした。
この場を借りて、事務的なお知らせを二、三しておきます。投稿論文、ワークショップ等の応募締切は11月末です。これまで例外的に延長したことも何度かありましたが、今後は、応募ゼロといった、よほどのことがない限り、延長はしないことにしました。延長すると1月理事会で投稿論文の合否を決定できなくなる可能性が高くなります。その合否の決定は重要なので、メール審議などによる決定はできるだけ避けたいというのが理事会の考え方です。ワークショップについても同様ですが、万一延長する場合、11月締切前応募分を優先的に扱います。
奨励賞の推薦(1月末締切)は、推薦文章を不要にするなど、従来よりも簡単になりました。ふるってご推薦いただければ幸甚です。
入会年月日のお問い合わせがあることがあります。申し訳ありませんが、名簿情報がデジタルデータ化されてまだ20年未満、事務局が理事長交代に合わせて移ることなどの事情により、古い会員の方についてはまずわかりません。最近は、学会報に入退会者氏名を載せることにしております。勲章関係か何かよくわりませんが、本人以外から問い合わせがあることも過去1、2回ありました。その場合、ご本人申告の入会年月日を反証する材料がこちらにないかぎり、そのとおり、とお答えする運用をしております。
最後にもう一つ。法哲学年報掲載の論文を他の本などに転載する場合、有斐閣との契約上、その旨を伝え、許可を得るようになっています(その法的な意味は私にはわかりませんが)。転載する場合、3年以上置く、というのが出版界の礼儀・常識のようですが、転載のご意向がある場合、法哲学会事務局にも(拒否することはまずありませんが)お知らせください。
本年11月開催の学術大会・総会で、みなさまとまたお会いできることを楽しみにしております。