2025年度 日本法哲学会奨励賞 (2024年期)

 日本法哲学会は、2025年度日本法哲学会奨励賞を以下の通り決定しました。授賞式は2025年度の学術大会・総会の際に行なわれました。

著書部門

三浦基生(みうら もとき)
『法と強制――「天使の社会」か、自然的正当化か』
(勁草書房、20242月)

学会奨励賞選定委員会の講評

本書は、「法と強制」の問題について再考することを目的とし、法の強制性を概念的に分析し、法の強制性は、人間の短慮や能力の限界を根拠とする「自然的正当化」に依拠しなければ説明されえないと論じる。そしてこの主張の正当性を、Joseph Razの、法への完全な敬譲を備えた「天使の社会」を仮定し、制裁は法の本質的要素ではないとする議論や、Frederick Schauerの強制性の概念を十分に明確化しない非本質主義を斥けることで裏づけている。
従来の通説的理解では、John AustinHans Kelsenは強制を実定法の不可欠のメルクマールとし、それをH. L. A. Hartが批判した、とされている。しかし筆者は、『法の概念』の「自然法の最小限の内容」に関する記述から、ハートが、ルールに違反して行動しようとするのを思いとどまらせるものとして「制裁」をとらえ、強制の必要性を説明していることに着目する。ハートのこの説明を筆者は「自然的正当化」と呼び、これが「ハートの法概念論の通奏低音」であると指摘する。この指摘は、従来の通説的理解に一定の修正を迫るものであり、学界への大きな理論的貢献となっている。
ただし本書に問題がないわけではない。著者は「自然的正当化」のほかにも「二重の達成語」や「追い込み」という独自の用語を用いているが、それらの用語についての説明が十分であるとはいえない。また、例えばKenneth Einar Himmaの議論について「ヒンマの直観にすぎない」と片付けてしまっていることなど、先行文献の扱いについて気になる点がある。ケルゼン以外のドイツ語圏の研究への目配りも不足している。
とはいえ本書は、アーキテクチャを含めた多様な規制を視野に入れ、現代の法哲学において周縁的な位置に追いやられている「強制」への注目を促し、「法と強制」研究における膨大な論点を整理・検討しており、日本における「法と強制」の議論に一石を投じるものとなっている。
以上の理由から、本書は学会奨励賞に値するものと評価された。

論文部門

發田 颯虎(ほった はやとら)
「自由の多元説」
国家学会雑誌13712号、2024

学会奨励賞選定委員会の講評

本論文は、自由の概念をめぐる諸解釈が教科書的にほぼ競合的に扱われているにとどまる自由論の現況に鑑み、「自由とは何か」という問い自体をより明確で有意義なものに置き換えるため、メタ理論的観点から、自由の諸解釈が競合する条件を特定し、自由の諸解釈を競合しない形で捉える議論の道筋を拓いた上で、自由の異なる諸解釈はそれぞれ別の理論的な役割に結びついており、各役割に相対的な仕方において適切であるとする自由論の全体像、すなわち筆者の説く自由の多元説を提示しようとするものである。
本論文が採用する「役割モデル」とは、概念が表象する対象のほかに、我々の認識や推論において概念が果たす役割に注目し、概念の役割への適合性を基準にして、概念の解釈を行うという方法論を示すものである。この見方によれば、ある概念が果たす役割について同意があり、かつその役割に適合する概念の表象する対象が何かについて不同意があるならば、その概念の解釈同士は競合するとされ、自由の諸解釈が競合する条件が特定される。しかも、本論文では、概念の諸解釈が各々前提とする役割に不一致がある場合の対処法も丁寧に示され、また、役割の個別化や諸解釈が前提する役割の異同への対処の際に基準となる背景理論に関して、道徳的不確実性の状況にも対応しうる周到な価値多元論的見方が用意されている。
前半部分の周到な論理展開や記述に対して、その当てはめとも言える後半部分、とくに多元説に存在論と方法論の区別を導入する部分以降については、前半の手厚い議論を背景としていることは理解できるものの、やや急ぎ足での論述となっている印象を抱いた。
とはいえ、英語圏の若手研究者の手になるものを含め幅広く文献を渉猟して独創的に展開された本論文の価値は、そのことによって些かも損なわれるものではなく、学会奨励賞に誠に相応しいものと判断した。

日本法哲学会奨励賞への推薦のお願い[2025年期] (2024年10月2025年9月分)

 日本法哲学会では、法哲学研究の発展を期し若手研究者の育成をはかるために学会奨励賞を設けています。

2026年度[2025年期]受賞候補作について、次の通り、日本法哲学会会員による推薦を受け付けますので、ご推薦いただきますようお願いいたします。自薦/他薦を問いません。(詳しくは日本法哲学会奨励賞規程をご参照ください。)

対象作品
2024年10月1日から 2025年9月30日までに公刊された法哲学に関する優れた著書または論文( 著書論文を問わず、単著に限ります。また、全体として10万字を超える論文は、著書として扱います。)
刊行時の著者年齢が著書45歳まで、論文35歳までのもの


推薦は、左にありますエントリーシートにより、日本法哲学会事務局の推薦受付用アドレス (prize@houtetsugaku.org) までお寄せください。
自薦の場合には、推薦に際し写しで結構ですから作品一部を添付願います。また、他薦の場合であっても、論文については、後日、日本法哲学会事務局から推薦者等に対して、作品1部の提出をお願いすることがあります。

上記の写しは、電子データ(ワープロ原稿など)がお手元にある場合には、それを送信いただいても結構です。ただし、公刊されたものと大幅に内容が変わっている場合には、公刊されたもの(著書、論文抜き刷り)またはそのハードコピーを郵送して下さい。
いずれの場合も、2026年度[2025年期]については2026年1月31日が締切となります。同日中に日本法哲学会事務局に到着するよう、お送りください。
選考結果の発表および受賞者の表彰は2026年度学術大会において行われます。

奨励賞選定委員会委員長 森村 進 
       同幹事 濱 真一郎