改革と実験―学術大会と年報をさらに充実させるために
日本法哲学会理事長 井上達夫(東京大学)
本会報前号の巻頭言で、日本の大学と法哲学会をとりまく研究資源制約問題や研究者人材供給減少問題に触れました。そして、環境的条件の困難化を口実にして研究を停滞させるのではなく、内発的論争を通じて独創的な研究を発展させ、それを社会的に発信し、それによって環境的条件を改善してゆくことが、我々には要請されていると論じました。この方向で、これまでなされてきた日本法哲学会の自己改革の試みをさらに進めるために、このたび理事会での承認を得て、以下のように、学術大会の内容の多様化に向けた実験と、年報の部分的改革を試みることになりました。
学術大会における理事会特別企画の導入実験:
学術大会については、統一テーマのシンポジウムを大会2日目に集中させ、1日目は分科会報告に加え、複数のワークショップを並行開催する改革がすでに実行され、一定の成果を挙げつつあります。今秋の2010年度学術大会では、新たに、1日目に45分の全体セッション枠を設け、統一テーマとは別建ての理事会特別企画を大会参加者全員に向けて行うという方法を試行致します。最初の試みとして、学会案内にありますように、深田三徳会員(同志社大学)に法哲学の学問的性格と基本課題を再考する特別講演をしていただきます。この新たな方式の試行には二つの理由があります。
第一に、分科会公募に応募する報告申請の質と量は年度によって変動します。報告申請に対する審査の厳格性を維持し、分科会報告の学問水準を下げないためには、分科会報告を8本という上限まで採択することが必ずしも適切でないと判断される年度もあります。若手研究者数が逓減していく状況では、8本よりも少なく採択される年度がしばしば出てくることが想定されます。そのような場合、理事会特別企画を適宜加えることにより、学術大会1日目の時間を有効に活用することができます。
第二に、統一テーマのシンポジムとは別建ての全体セッション枠を設けることにより、各年度の統一テーマに吸収しきれない会員の多様な関心に、より柔軟に応えることができます。もちろん、現在の分科会やワークショップも同様な目的をもちますが、これらは並行開催のため、会員にとっていずれも関心のある二つの報告や二つのワークショップが衝突する可能性は避けられません。統一テーマとは別の全体セッション枠を設けることで、この問題を多少とも緩和できます。また、たまたま学術大会時に来日している海外の研究者に特別報告をお願いするというような臨機応変の運用も可能となります。
以上の趣旨から明らかなように、今年度から試行する理事会特別企画は毎年必ず行うというわけではなく、またその内容・方式についても定型が既に決まっているわけではありません。今後の状況の推移や会員の皆様の反響・要望を考慮しながら、いろいろな可能性を試行錯誤的に探求しようというのが、現時点での理事会の方針です。
年報における書評応答権保障と投稿論文紙幅増加:
年報については、二つの改革を試みることになりました。第一に、内発的論争を喚起するために、書評欄「論争する法哲学」が既に設けられましたが、論争を実質化し公正化するために、書評対象となった著作の著者に当該書評と同じ号または次号で応答する権利を確保することにいたしました。これは今秋の学術大会時に公刊配布される2009年度の年報から実施されます。権利ですから、行使しない自由もありますが、内発的論争を喚起するという趣旨に沿って、書評対象著作の著者は積極的に応答権を行使していただきたく存じます。また、できれば同じ号に書評とそれへの応答が掲載されることが望ましいので、書評者は著者が当該号に応答を寄せる時間的余裕をもてるよう、書評原稿を締め切りまでに確実に提出するようお願い申し上げます。
年報改革の第二点は、投稿論文の紙幅増加です。これまでは、採択論文数10本という枠の中で、1本につき約1万字を上限としていました。これに対しては、1万字では短すぎて十分な論述ができないとの不満がかねてから寄せられてきましたが、年報全体の頁数の制約の中で、投稿論文から10本採択するという方針を維持する限り、投稿論文の紙幅を増やすことは困難でした。しかし、若手研究者逓減傾向の影響で投稿論文総数も減少傾向を示しております。このような状況においては、論文審査の厳格性を維持し採択論文の学問的水準を落とさないために採択数を10本より少なくする代わりに、かねてからの不満に応えるために1本あたりの紙幅を増加させることが望ましいと理事会では判断し、来年刊行される2010年度年報から、この改革を実施することに決定いたしました。詳細は本会報の「年報への投稿募集」の項で告知しておりますので、ご参照ください。特に、2010年度年報に投稿をお考えの方は、ご留意くださいますようお願い申し上げます。採択数制限と紙幅増加により、採択投稿論文の水準低下を避けるという消極的効果だけでなく、より充実した内容の投稿論文が年報に掲載されるようになるという積極的改善効果も期していることは言うまでもありません。
年報改革につきましても、今後とも様々な可能性について実験を重ね、年報の学問的な質の向上を試行錯誤的に図っていきたいと存じます。学術大会の改革も含め、会員の皆様には御理解・御協力・御教示を賜りますよう、お願い申し上げます。